診療日誌

2020.03.23更新

今や、新コロナウィルスの話題でもちきり。仕事柄、テレビのニュースには目を離さないようにしているが、数週間前のWHO高官の発言には「エ?」と思ってしまった。

1つめは、マスクをしても全く意味がないと言い切っていたことである。多分、ウィルスは通常のマスクでは通過してしまうからということであろう。しかし新コロナウィルスは飛沫感染で感染するということだから、マスクは飛沫をブロックしてくれる有意義な武器となる。100%とは言えないかもしれないが、かなりの割合をシャットアウトしてくれるのは間違いない。ただし、万全ではないから、できるだけ人には近づかないに越したことはないであろう。

もう1つ気になったのは、「テスト、テスト、テスト」と連呼し、あたかも検査が最も大事なように言っていたが「早期発見、早期治療」ができればいいのだが、治療法がない時にそれをやると「陽性者」を病院に向かわせてしまい、病院での対応がむずかしくなると、逆に院内感染を広げてしまうきっかけになってしまうことが予想されるのである。日本医師会はそれをわかっているのか「風邪の症状が出ても、自宅で待機していてください」「症状がひどくなったときは保健所に連絡してください」と通知しており、これをきっかけに重篤な感染者の追跡調査ができるようになったといえるのである。

今後、早期治療ができるようになれば、早期の検査は必ず必要になってくる。ちなみに新インフルエンザ対策の目玉として政府は200万人分の「アビガン錠」のストックをしていたというのに宝の持ち腐れになってしまった。市場に流通していないと必要なときに必要な分だけ使えない。マスクも政府が買い取ると言ったが市場には全く供給されない。1週間に1億枚生産すると胸を張っていたが、1週間に国民1人あたり1枚しか行きわたらない計算である。マスクは感染予防のために使い捨てにするのが通常ということが果たして分かっていないのではないかと勘ぐってしまった。

それにしてもマスクや体温計や手指消毒器が全く手に入らない{ストックで対応しているが}。それに加えトイレットペーパーやティッシュペーパーなどが品薄である{あちこち回ってやっと手に入れているが}。

日本経済・世界経済に暗雲が垂れ込めてきている。これでK-1はやってくれたが、近い将来、首都封鎖にならないことを祈っている。そして半年後にはV字回復を願っている。多分、画期的なお薬が出てくると信じたい。

投稿者: 湘南こころのクリニック

2020.03.09更新

1  受付での対応

  A 受診者については受付時、全ての人に「発熱と咳の有無」について「有りますか?」という形でお聞きします。

  B 「発熱と咳」がない人については、通常の受付を行います。

  C  Aの質問に対して「有る」「分からない」「何も答えない」人については「玄関ドアの外で待つ」ように指示します。また上記に該当する人については早めに医師まで伝えます。

 

2  職員の出勤等

  A  職員が「37。5度以上の発熱」と「咳」がみられたら、出勤を見合わせ他の人にすぐに連絡し、出勤を代わってもらいます。

  B  状況によっては1人での受付になる場合があります。水曜・木曜・金曜についてはナースが電話対応などの応援をします。

 

3  院内従事者における 毎日の感染予防

  A  出勤時および帰宅時には必ず手洗いを行います。

  B  出勤時には必ず検温をを行い、発熱のないことを確かめます。

 

4  医師について

  37。5度以上の発熱と咳がみられ、問題があるといえる場合は、次の判断を行います。

     ア    診察をせず、処方箋のみとする

     イ   休診とする

 

投稿者: 湘南こころのクリニック

2020.02.27更新

朝日新聞エデュアに載っていた、ある中学生の作文に共感しました。それは精神科医の岩波先生の「発達障害 個性を生かす道」を見て書かれたもので、ここに紹介したいと思います。

 

「私は発達障害は障害ではなくむしろ個性だと思う。なぜなら発達障害と言われる人たちはたまたま社会で必要とされることが苦手なだけだからだ。私はコツコツ努力することが得意で人に合わせることが苦手だ。これは個性だとみんなに言われる。だが人に合わせることが必要な社会ならこの個性は障害とされたかもしれない。障害の定義は社会、文化によって変わると思う。だから障害という言葉はあまり使わないべきだ。」

 

私も同感である。今まで精神科の病気はほとんどが末尾に障害と付けられていた。「障害」というと「障害者」を連想させる。しかし「障害者」でない「こころの病いの人」は非常にたくさんいる。ここで「障害者」といっているのは一般に使う{人に頼らなければ日常生活を送れない人}という意味である。

だからややこしいので、精神疾患の病名には「障害」を付けないほうがいいと思う。

精神科の病いであったとしても{病気の種類によるが}、様子を見るとか自分の力で乗り越えていくということも{軽い場合にはありかな}{それでもいいよ}と思っている。

 

投稿者: 湘南こころのクリニック

2020.02.20更新

自宅から診療所まで車を走らせていると、あるポスターが目に留まった。そこには KONO TARO と書かれていた。平塚市・大磯町を基盤とする政治家である。

なぜこんなことを言い出したのかというと、数か月前に朝日新聞紙上で「日本人名の英語表記を、姓を先に、名を後にするように推奨する」との記事が出ていたからである。アジアでは中国も韓国もそのようにしており、自国で表現している言葉をわざわざ欧米風に言い換える必要がそもそもあるのかということなのかもしれない。

しかし、小学校のときより「英語では名が先」というふうに教え込まれている私にとっては「日本語と同じ順番で話してもいいのだろうか」とつい頭をよぎってしまうのだ。

昨日、ニュース番組でテレワークの様子がテレビに映し出されていた。たまたまNTTコミュニケーションズの社員の名前が英字で映っていたのだが「あっ、姓が先だ、やっぱり。」と複雑な思いで見入ってしまったのである。

言葉は小さいときからの習慣で、小学校の時から変えていかないと無理なのかもしれないなと思ったのである。

投稿者: 湘南こころのクリニック

2020.02.06更新

郊外に住んでいるので、ちょっとした買い物ならコンビニが便利でよく利用している。家の周りには車ですぐのところにセブンイレブンが3店、ローソンが2店、ファミマが1店ある。ナナコの会員になっているのでセブンイレブンに寄ることが多いが、同じ店だけでなく、ほかの店にもよく足を運んでいる。なぜなら同じセブンであっても置いてあるものが店によって微妙に違っているからである。

「YOUは何しに日本へ?」に登場した外国の方がコンビニの商品にはまっている話には最初は{どうして?}と思っていたが、最近は{なるほど}と思えるようになっている。彼らはセブンイレブンのタマゴサンド、シャキシャキレタスサンド、アメリカンドッグまたローソンのメロンパンなどにドハマリ状態であった。

というわけで、私がこれは素晴らしいと最近思っている物を紹介してみたいと思います。まずセブンイレブンですが「照り焼きチキンとたまごサンド」それから「きんつば」。ローソンでは「ゴディバ協賛のショコラロールケーキ」{期間限定}そして「粒あんまん」です。ちなみに菓子パンはファミマにおいてあるものが好きです。

それにしてもセブンイレブンの商品開発力はすごい。食の日本の面目躍如といえるのではないでしょうか。これからもどんどんおいしいものを作っていって欲しいですね。期待しています。

投稿者: 湘南こころのクリニック

2020.01.30更新

先日 患者さんから「生きている意味がわからないんです?」と告げられ、私はすかさず「生きているっていうこと自身に意味があるんじゃないかな」と答えた。私にしては珍しく気の利いた答えができたと内心ほっとした。このとき私の脳裏には、災害や事故にあって行方が分からなくなっている人に親や知人が「とにかく、せめて生きていてくれたらと思っています」と話す光景が浮かんだのである。「無事で生きている」ということは家族や知人からの願いである。それは生きている意味に繋がっている。

以前「生きている意味は生物学的には子孫を残すこと」と述べたことがあるが、人間にはそれ以外にも意味がある事柄があると考えている。それは子孫に教えを残すことであり、ひいては子孫を育て、人類の繁栄に導くことにあるのではないかと思っている。

人生とは何かということを哲学的に考えると、訳がわからなくなってしまう。だから、純粋に「生きていることって、それ自体が幸せなことなんだ」と思うようにした方がいいんじゃないかなあ。戦争や飢餓でいつ死ぬかわからない人は今でも地球上に五万といる。平和で暮らせる、戦争や飢餓で死ななくてもいいということは実際、幸せなことなのである。

投稿者: 湘南こころのクリニック

2020.01.19更新

本当の愛にかなり近い愛といえるものは存在すると思う。

それは母親の子に対する愛だと思う。生物学的に本能に近いものだから、相手に見返りを求めないし、一途である。しかしながら現実的には虐待のニュースがテレビで報道されることがたびたびあるように、一部の親子ではそうでもなさそうである。

恋愛はどうであろうか?なかなか本当の愛に巡り合うのはむずかしいことだと思う。なぜって、いろいろの事情で恋愛ができない人が多いのである。例えば、相手が見つけられない人もいるだろう。好きな人がいても相手が好いてくれるとは限らない。つきあっても自分の思うような人でなかったりする。だから、恋愛が成就するのは多くの人にとって奇跡的なことである。

日本では自由恋愛が世の趨勢となっているが、モテる者は美男美女ばかり。自由恋愛社会は厳しい格差社会といえるのである。しかし彼らとて恋愛はお互いのエゴがぶつかるところでもあり、すんなりとうまくいくものでないことはバラエティー番組などでよく耳にするところである。

ところで診療をしていて思ったことは、次のような人は結婚に向かないということである。どういう人かというと「ギャンブル癖のある人」「異性関係にだらしのない人」「金使いの荒い人」「暴力をはたらく人」「働かない人」「人格的に問題のある人」などである。しかしどれか1つあっても、それ以外のところでカバーできる何かをもっている人は別である。

 

投稿者: 湘南こころのクリニック

2020.01.10更新

本などを読んでいると、ふと気になってメモをとっておきたい言葉に出くわすことがある。

今回は最近読んだ本と雑誌の中から目に留まった言葉を取り上げてみたい。

1  「すると、君はー」と彼は言った。「人生に何を求めてるんだ」。    ぼくは少し考えて「特に強烈に欲してるものはないですね」と答えた。   「金も名誉もかー」   ぼくはもう一度考えて、うなずいた。  それで、彼はからかうように言った。  「それならば、君の人生は決まったようなもんだ。浮雲みたいに、あっちこっち風まかせに飛んでいくだけだ」   ぼくは心の中で、あっと叫んだ。     {錨を上げよ:百田尚樹 より}

2   もちろん人生において偉大な目的や動機というものはある。たとえば政治や科学や宗教といったものにすべてを捧げて生きる人たちがいる。また天賦の才能を持ったがゆえに、スポーツや芸術の世界で大いなる使命を負わされた、戦いの人生を送る人たちがいる。あるいは才能や技術とは関わりなくとも、社会や人々の平和のために高い理想を掲げて生きている人たちがいる。これらは疑いもなく素晴らしい生き方だ。だがこうした生き方が、果たして普遍的なものと言えようか。そんな人たちは、ごく一部の、敢えて言うならば、選ばれた人たちだ。大多数の平凡な人々にとっては、人生とは日々のささやかな喜びと満足に支えられたものに過ぎない。そしてほかならぬぼくもそうした凡人の一人だ。     {同上}

3   そんな母の口ぐせは「今が一番幸せ!」「今日も一日がんばろう。働かせてもらってありがとうございます」。母はどんな状況にいても、自分の人生を自分で楽しくできる人なんです。私も母のように、「今が幸せ」という生き方をしていきたいですね 。   {自分から動くと楽しくなる:綾瀬はるか  PHPより} 

 

投稿者: 湘南こころのクリニック

2020.01.01更新

新年あけましておめでとうございます。

本年も宜しくお願い致します。

なお、昨年8月ごろから、個人的なこともあって、書き込みがおろそかになっていましたが、また少しずつ書いていこうと思っております。

 

新年度の診療は1月6日から始まります。

どうぞ、宜しくお願い申し上げます。

 

         湘南こころのクリニック     鈴木

 

 

 

 

 

投稿者: 湘南こころのクリニック

2019.09.12更新

まことに突然で申し訳ありません。

下記の日は都合によりお休みとさせていただきます。

             9月20日{金}

どうぞよろしくお願いいたします。

 

        湘南こころのクリニック     院長

              

 

     

投稿者: 湘南こころのクリニック

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