診療日誌

2018.02.22更新

日本精神神経科診療所協会は毎月「日精診」という雑誌を発行している。2018年1月号に「障害年金診断書作成における重要ポイントについて」という研修会の内容が載っていた。いろいろ参考になったが、講演のあとの質疑応答の中でこんなことが質問されていた。

1  年金受給者相当とは思えない軽度のうつ病で日常生活は普通にできる人に関して、精神障害者の年金診断書を書くようにと年金事務所から一方的に命令されて診療業務に支障をきたした。年金事務所に命令権限があるのか。

2  遡及、要求が多く非常に困っている。1度受診し健康になったにもかかわらず、その間を障害として認めろといった要求をどう考えるか。

3  社労士の介入を制限することはできないか。診断書の下書きを持ってきてチェック項目のここにチェックしてほしいと申し出る場合がある。

こうしたことは私も経験していることなので、同じようなことを思っている人が少なからずいるということで、少しほっとした思いであった。

投稿者: 湘南こころのクリニック

2018.02.11更新

精神保健指定医更新のための講習会に行ってきた。

措置入院に関しては今回も結論が分かれてしまう事態が生じた。それは措置症状があれば必ず措置入院にすべきかどうかということである。

弁護士の方はそうすべきという意見であったが、現場では多分そういうふうには思っていないであろう。というか私は現実問題としてそれは無理と思っている。

前回の講習会の時は今回と違っていた。措置入院はあくまでも一定の通報に基づき、一定の手続きに沿って行われるものであって、従って通報によらずに目の前に患者さんがいて対処すべきときには、たとえ措置症状があったとしても医療保護入院で対処することについては問題はないという結論であった。確かこのことについては、通達でもそのようにして構わないということが書かれていたと思うのだが。

私は今は診療所の医師なので、措置入院の仕事に携わっていないからいいが、こんなことでは現場の医師はどうすればいいか困ってしまうだろうと思うことしきりである。本当は措置入院と措置症状とはイコールでなく別に考えるべきであるというのが正しいのではないだろうか。

投稿者: 湘南こころのクリニック

2018.02.02更新

「すべての答えは自分の中にある」という言葉がある。自分が何をやりたいのか?成功するか失敗するか?悩みを解決する方法は?それらの答えは自分の中にあるといってよい。それと同じように「すべての答えは自然の中にある」とすると納得がいく場合も多い。たとえば人生の意味は自然とのあり方の中で考えるとわかりやすく、受け入れやすくなるのではないだろうか。人は自然の中で生まれ、そして結局は自然の中に戻っていく。だから生老病死は自然の流れであり、どうこうもできず素直に受け入れていくしかないのである。

それでは人間の欲とは何であろうか。それは自分を成長させるエンジンでもあるが、使い方を間違えると地獄に落ちることにも通ずる。失敗しないためには自分の中に良い答えを見つけていくことである。しかし、どうであれすべては自然の中に戻っていく。成功した人にはそれなりの苦労があるだろうし、そうでない人はその人なりの楽しみを得るかもしれない。

「幸せ」はそれを感じてくれる「こころ」があるか次第である。同じ物を食べても「おいしい」と思う人と「たいしたことはない」と思う人がいるのはこれまた事実である。

投稿者: 湘南こころのクリニック

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