診療日誌

2015.05.28更新

2015年3月10日に、その1を書きました。今回、その2をまとめてみました。
ふだん見聞きして印象に残ったエッセンスをメモしたものです。
* サイババは言った。次の二つのことは忘れなさい。人に傷つけられたこと、人に尽くしたこと。
* 頭をかかえるより、腹をかかえよ。
* 成功の条件とは? 決してあきらめないこと。
* 今やすべての分野で世界的レベルでの競争がはじまっている。
* 自分の立っているところから、穴をほれ。
* 最強の敵は自分自身だ。
* すべて世の中は必然である
* 狭き門よ、そこには努力と才能と運が必要なんだ。
* 世の中、自分の思い通りになることの方が少ないってことさ。
* あまり多くを望まなければ、幸せになれるかもしれない。
            {つづく}
 

 

投稿者: 湘南こころのクリニック

2015.05.17更新

<こころ>はどこにあるのか?中世までは心臓にあるか、脳にあるのかで争われていた。近代以降<こころ>は脳にあるとされるに至るが、では脳のどの場所にあるかまでははっきりわかっていない。
<こころ>は感覚系{入力}と運動系{出力}の間のブラックボックスの中にあると思われるが、このブラックボックスは意識・記憶・思考・感情・意欲などがふくまれる総体である。意識をつかさどる場所、記憶をつかさどる場所、感情をつかさどる場所、意欲をつかさどる場所はある程度わかってきているが、こころがいったいどこにあるのかについては確かめられていない。そもそも<こころ>はつねに揺れ動いており、いつも一定というわけではない。<こころ>とは<感じたり><考えたり><何かをしようとしたり>する主体のありさまを指しているのであり、<わたし>として意識されているものの在り様ともとることができる。従って<こころ>は思考のなかであらわれる<わたし>という意識がとらえる自分自身の精神活動の動きを示しているとも言える。それは実在のものというより、機能あるいは現象としてとらえられるものではないだろうかと感じている。

投稿者: 湘南こころのクリニック

2015.05.07更新

{軽度認知障害}という病気がある。ICDとDSMでやや意味が異なるが、一般的には認知症の前段階の状態を示している。認知症の予防のために必要といわれるが、要は正常と認知症の間のボーダーラインあるいはグレイゾーンをさしている。
それでは{うつ病}の場合はどうだろう。診断基準は確かにあるが、病状のとらえ方・診断基準の解釈の仕方・本人の訴え方によって左右されてしまうところがどうしてもある。それほどクリアーカットにはいかないのが事実である。診断能力を言うより、ある程度はそういうものだということをふまえたうえで議論していったほうがいいような気がする。DSMをつくったアメリカでさえ過剰診断が問題になっている。うつ病でボーダーラインあるいはグレイゾーンにはいったら、ICDでは{他のうつ病エピソード}とするのが正解になる。ICDでは初回のうつ病の場合は{うつ病エピソード}、再発した場合は{反復性うつ病性障害}という。ボーダーラインをあらわすような単独の病名はない。従って、{他のうつ病エピソード}というゴミ箱的な病名をつけることになる。しかしこの場合、{他のうつ病エピソード}は{うつ病エピソード}の一つなのかという問題が生じてくる。DSMではMINOR DEPRESSION、日本でも臨床的には{軽症うつ病}という病名があるから{うつ病エピソード}の一種でもいいが、本来は正常とうつ病とのボーダーラインであれば{前うつ病}あるいは{境界うつ病}というようにすべきではないだろうか。
突飛な話しだが、癌のようにSTAGEであらわすとわかりやすいかもいれない。STAGE4は最重度、STAGE3は重度、STAGE2は中等度、STAGE1は軽度、STAGE0はボーダーラインとかにするというのはどうだろう。

投稿者: 湘南こころのクリニック

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